「好きな散歩コースは神楽坂〜金城庵」 武蔵野稲門会退会に寄せて
武蔵野稲門会退会に寄せて
辻康夫(1970・政経卒)
78年間暮らした(転勤の25年を含みますが)吉祥寺(東町)を離れ、小学校時代から好きだった歴史が息づき、文化と食に恵まれた小田原に移るのはかなり覚悟のいる事でしたが、人生最後を惰性で過ごしたくなかったからと言ったら格好良すぎますね。まあ、それに近い感覚ですが。
大好きな散歩コースである、神楽坂〜漱石山房〜早稲田大学歴史館〜金城庵を歩く機会が減るのは残念ですが、これからは小田原城〜西海子小路〜小田原文学館〜御幸の浜辺りを歩くのが楽しみです。
勿論、日本橋高島屋前から国道一号線に場所は変わりますが、箱根駅伝の応援には駆けつけます。野球やラグビーの早慶戦も出来る限り観戦に駆けつけたいと思っています。
60年前、真新しい座布団帽を被って誇らしい気持ちで大学に向かった日のことは忘れられません。卒業式も早稲田祭も行われない時期ではありましたが、早稲田のキャンパスで過ごした日々は忘れ難く、あの時に戻りたいなぁと思う事もしばしばです。
早稲田を初めて意識した時の事は今でも鮮明に覚えています。成蹊中学一年生だった1960年の「早慶六連戦」がそのきっかけでした。早稲田の大応援団とそれを指揮する学生リーダーの姿をテレビで観て、「絶対に早稲田に行きたい」と強く心に決めました。
社会人になってからも早稲田の存在には大いに助けられました。特に転勤先の米子と広島の稲門会の会合には毎回出席させて頂き、御当地情報は勿論、大きな商売につながるご縁を頂くこともできました。ライバル会社にいる同窓人脈にも助けられ「早稲田って本当に凄いなぁ」と痛感したものです。
武蔵野稲門会で忘れられないのは、鎌倉バス日帰り旅行です。夕暮れ迫る中、杉原千畝先輩の墓前にて、みんなで「都の西北」を歌ったことは、かけがえのない想い出になっています。
誠に、早稲田大学は心の故郷です。
最後になりましたが、会員諸氏のご健勝と、武蔵野稲門会の益々のご発展を心よりお祈り申しあげます。
